手術の成功と失敗について現役外科医が2つの視点から本気で考えてみた

手術の成功と失敗について外科医が2つの視点から本気で考えてみた おなか不思議メモ
手術の成功と失敗について外科医が2つの視点から本気で考えてみた
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手術成功

手術の成功と失敗ってなんですか?

「手術は成功しました。安心してください。」
その瞬間、家族の目に涙が溢れた。
「よかった……もう、大丈夫なんですよね……?」
張りつめていた糸がぷつりと切れたように、膝をついて肩を震わせながら泣き崩れる。
それは、ただの安堵ではない。
生きて帰ってくる——その願いが届いたことへの、静かで深い祈りの涙だった。

こんにちは。

外科医のもぐたんです。

ドラマや漫画でよく見る、あの場面——。

“私、絶対失敗しないので!!”

あの有名な外科医のセリフです。

そもそも「手術の成功・失敗」とは?

腫瘍が取り切れないこと?
想定外のトラブル?
命を救えなかったこと?

実際、外科医が「成功しました」と言うことはほとんどありません。

多くは「予定通りに終わりました」と伝えます。

私もそうしています。

対して患者さんはどうでしょうか。

「どうでしたか?」と聞かれることはありますが、「成功・失敗」という言葉はあまり使われません。


ただ中には、「成功ってことでいいんですよね?」と確認されたり、

「先生、失敗しないでね」と声をかけられることもあります。

この記事では、手術の成功と失敗を外科医と患者、それぞれの視点から考えてみます。

外科医からみた「成功と失敗」

手術は基本的に予定通りに行う

実は、外科医はそもそも「成功・失敗」という視点で手術を評価していません。

がんなどの定時手術では、内科医による診察と病理医の組織診断を経て、外科に紹介され、手術の予定が立てられます。

その後、外科チームで「このケースではどう手術を進めるか」を事前に詳細にプランニングします。

外科医にたどり着くまでに、すでに多くの医師の手を経て治療方針が練られています。

もちろん、実際の手術で画像と違う所見が見つかったり、進行度が予想より高かったりすることもありますが、それも想定内。あらかじめ複数のプランを立てています。

そのため予定外のことが起きても、想定の範囲内で対応でき、手術はほとんど予定通りに進行します。

結果として「予定通り終わりましたよ。」になります。

手術の成功をあえて考えてみる

あえて、「手術の成功とは何か?」について考えてみましょう。

わかりやすく「癌の手術」で考えてみましょう。

もちろん、これから挙げる項目がすべて成功の定義ではありません。あくまで一つの視点としてご覧ください。

腫瘍を全て取りきれた
手術がスムーズに終わった
合併症を起こさず退院できた
再発なく根治した

あたりになるでしょうか。

1つ1つ考えてみましょう。

 1.腫瘍を全て取りきれた

基本的には、事前の計画通りに手術を行えば、腫瘍を切除できる見込みがあります。

ただし、術前検査だけでは腫瘍が切除可能かどうか判断できず、実際に手術してみないと最終的な判断がつかないケースもあります。

現在の画像検査には限界があり、他の臓器への転移や、おなかの中にがんが散らばっている状態(腹膜播種といいます)を正確に評価できないことがあります。

手術は局所的な治療であるため、対象となるのは主に腫瘍とその周辺の臓器に限られます。腹膜播種のように全体に散らばっている病変をすべて取りきることはできません。

もし術前に腹膜播種や遠隔転移が明らかであれば、基本的には手術の適応とはならず(がんの種類によっては例外もありますが)、他の治療法が選択されます。

術前検査で判断が難しいグレーゾーンの状態で手術を開始し、

“結果的に”根治切除ができたときは、やはり嬉しいものです。

ただし、医療はギャンブルではありません。こうした不確実性があることを、事前に患者さんに十分ご理解いただいたうえで、手術に臨む必要があります。

そのため、切除できない可能性も十分に想定されたうえでの手術であり、たとえ切除できなかったとしても、それは「失敗」とは言えません。

切除できなかった場合は、他の治療法への切り替えが必要であるという、医学的な裏付けを得ることが目的となります。

もし切除できたなら、それは「成功」と断言するよりも、「嬉しい」と感じる瞬間かもしれません。

 2.手術がスムーズに終了した

手術が予定通りスムーズに進むことは、とても重要です。

各手術には決まった工程があり、通常はその順序に従って進めば、所要時間の目安も想定できます。

しかし実際には、腫瘍が大きい、解剖が複雑、炎症が強い、脂肪が多いなど、さまざまな要因が障害となり、それらを一つずつ乗り越えていく必要があります。

外科医、麻酔科医、看護師など、手術に関わるスタッフは全員が工程を理解し、各自の役割を把握していることが前提です。その上で、ようやく「手術」という舞台に立てます。

実は、手術って本当に大変なんです笑

それでも一つひとつの課題をクリアし、結果として手術時間が短く、出血も少なく終えられたなら、それは非常に素晴らしいことです。

時間や出血が少ないほど、患者さんの体への負担が軽くなり、術後合併症のリスクも減ると報告されています。

ただ、手術時間だけ早くても”質”が伴ってなければ意味はありません。

その両方が達成されれば、外科医は”嬉しい”のです。

 3.合併症を起こさず退院できた

手術で腫瘍を切除し、無事に終わったら、それで完了でしょうか?

いいえ、違います。

手術は、家に帰るまでが手術です。」──まるで遠足のようですが、これは本当です。

侵襲の大きい手術ほど、術後経過の良し悪しが、その後の生活に深く影響します。

手術による侵襲で体力や食欲が落ちる中、合併症(ある程度予測される問題)や偶発症(予期しづらい突発的なトラブル)との戦いが始まります。

残念ながら、合併症の発生率を0にすることはできません。

外科医は常にゼロを目指していますが、未だに達成されたことはありません。

退院目前に脳梗塞や肺炎を発症することすら、現実には起こりえます。

一方で、合併症があっても速やかに改善し、予定通り退院できる人もいます。

だからこそ術前から丁寧な情報共有が必要ですが、術後の経過が落ち着くまでは「成功」とはとても言えません。

無事に退院し、笑顔で帰る姿を見て、ようやく「よかった」と心から思えるのです。

 4.再発なく根治した

実は手術と退院は通過点。

ここからが本当の闘いです。

手術でがんが根治できたかは、すぐにはわかりません。

手術で治せるのは、“目に見える”病変だけです。

がんは、細胞が増えて大きくなり“目に見える”ようになります。

再発するかどうかを、慎重に見守る必要があります。

この段階で「完全に治った」とは言えず、「成功」と断言もしづらいのです。

とはいえ、手術自体は予定通りに行われ、「失敗」とも言えません。

外科医の観点からすると、

・手術が技術的に予定通り
・医学的に根治切除できた可能性が高い
・再発含め、周術期・術後管理が順調

これらが「成功」と言い切れずとも、大きな安心材料になります。

経過観察は長期にわたります。
その間、患者さんと密にコミュニケーションを取り、病気や治療への理解を深めてもらうことが大切です。

患者さんの考える成功とは

では、患者さんの視点ではどうでしょうか?

どの段階でも失敗に感じることはある

先ほどあげた、

腫瘍を全て取りきれた
手術がスムーズに終わった
合併症を起こさず退院できた
再発なく根治した

これらのどこかでつまずけば、多くの患者さんは「手術は失敗だった」と感じてしまう可能性があります。

たとえ医学的には適切な判断や処置だったとしても、その経過や結果が思い描いていたものと違えば、患者さんの心には不安や落胆が残るからです。

だからこそ、「うまくいかなかった=失敗」と単純に捉えないよう、医療者と患者さんとの丁寧なコミュニケーションが必要です。

医学的なプロセスや不確実性を事前に理解してもらうことで、「これはそういうものなのだ」と受け止めやすくなり、不要な不安や自己責任感から解放されることにもつながります。

手術の成否を一つの結果だけで判断せず、その全体の過程や目的を共有していくことが、医療における本当の“成功”につながるのかもしれません。

生活に直結するものに対しての不安

医師が評価するのは、あくまで医療行為の技術的・医学的な成功です。
一方で、患者さんにとっては「自分の身体がどう変わったか」が全てです。

侵襲を受けるのも自分の身体になりますので、術後に身体に不具合を感じれば満足度が下がり、場合によっては「失敗」と感じてしまうことがあるかもしれません。

手術後に体力の低下や慢性的な痛み、食欲の変化や味覚の違和感があれば、たとえ手術が医学的に成功していても「なんだかうまくいかなかった」と感じてしまうかもしれません。

それらは日常生活に直結する要素であり、生活の質(QOL)に強く影響します。
「病気は治ったけれど、以前のように動けない」
「ご飯が美味しく感じられなくなった」
──こうした実感は、患者さんにとっては時に失敗だった」と感じる理由になります。
医療のゴールと患者の満足は、必ずしも一致しません。

だからこそ、術前から身体や生活への変化も含めた説明と対話が必要なのです。

まとめ

いかがでしたでしょうか?

手術の「成功」は、医師と患者で見え方が異なります。

医師は医学的・技術的な観点から評価しますが、患者さんはその後の体調や生活の変化も含めて感じ取ります。
どの段階でつまずいても「失敗」と思えてしまうことがあるからこそ、丁寧な説明とコミュニケーションが欠かせません。

医師は「成功」「失敗」といった単純な結果だけで手術を見ているわけではありませんが、少しでも満足に近づけるよう、最善を尽くしながら向き合っています。
それではまた次回に。

さよなら、さよなら、さよならー☺️

今日のもぐったー:

完璧な手術。どこにあるんでしょうね笑?昔やっていた某医療漫画のヴァルハラで受ける手術みたいなものでしょうか😂毎回毎回これはなんの憂いのない手術!!と思っても、実際ビデオで見返してみると、「あーこここうすればよかった」「あそこはアレすべきだな」とか毎回反省します。そして、次の手術で「よし、前の反省点を活かせた。」と思って、憂いないな、と思ったら思わぬ合併症を起こし、「あれやらなければよかった。やはりこうしとけば良かった。」……。それの繰り返しです。ま、それが好きなんですけどね笑 そんなこと考えながら、今日も手術に挑むのです。